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東京高等裁判所 昭和53年(う)823号 判決 1979年5月15日

被告人 小林強 外二名

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人小林、同竹内両名の弁護人西田健作成の控訴趣意書及び被告人結城の弁護人今成一郎作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、これらを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断する。

被告人小林、同竹内の弁護人西田健の控訴趣意は事実誤認の主張であつて、要するに、原判決は、新潟県西蒲原郡岩室村役場観光商工課長の職にあつた被告人小林及び同役場社会福祉課国民健康保険係長の職にあつた被告人竹内は、同村村長横山喜八郎の特命を受けて同県住宅供給公社が建設を予定していた和納団地を誘致するため、その用地を土地所有者から買収して右公社に売渡そうとしていた結城不動産研究所が同用地を買収するにあたり、同用地所有者との買収に関する交渉及び売買契約締結事務等用地買収を斡旋する職務に従事していたものであるとしたうえ、結城不動産の代表取締役である被告人結城から右用地買収の斡旋について尽力したことに対する謝礼としてそれぞれ現金一〇万円の供与を受けた旨を認定している、しかし、本件用地買収斡旋事務は、岩室村の事務に属しないし、被告人小林及び同竹内も、これを職務行為すなわち公務と認識して行つたものではなく、横山村長の私的な協力依頼を受けてこれを行つたに過ぎず、また本件金員は、被告人小林、同竹内の本件用地買収斡旋協力に感謝し、右被告人両名の台湾旅行に際し餞別として渡されたのであり、社交的儀礼の範囲内のものであるから、いずれにせよ、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるとし、その理由を縷説するものである。また被告人結城の弁護人今成一郎の控訴趣意は、事実誤認並びに法令適用の誤りを主張するものであるが、その要旨は本件金員の供与者の立場から右と同旨の主張をし、その無罪の理由を詳述するものである。

そこで、以下各論点に対する判断を順次示すこととする。

一、本件用地買収斡旋事務が地方公共団体の事務に属するか否かについて

所論は、本件用地買収及びその斡旋事務は、本来営利会社である結城不動産がなすべき業務に属するのであつて、これに協力して斡旋することは地方公共団体の行政事務に属しない、と主張する。

よつて検討するに、関係証拠によれば、(1)被告人結城は、国鉄越後線岩室駅付近の新潟県西蒲原郡岩室村大字和納地区の農地に新潟県住宅供給公社(以下公社という)が建設を予定していた通称和納団地の用地を土地所有者から買収してこれを右公社に売り渡そうとし、昭和四九年三月上旬、右公社の専務理事らと共に岩室村村長の横山喜八郎以下の同村の幹部と会合をもち、右和納地区の用地買収及び住宅団地造成についての協力方を要請したこと、(2)ところで、岩室村においては、かねてよりいわゆる過疎対策の一環として二つの工場及び二つの住宅団地を誘致していたが、同四九年三月には、地方自治法二条五項に基づき、過疎化を解消し、地域住民の福祉の増進と環境の整備を進めるため、「岩室村総合開発計画」を策定し、同月一三日の村議会において右基本構想について議決を得たこと、(3)右「岩室村総合開発計画」において、本件和納団地の用地(同地区の三田耕地)は岩室駅の周辺の東側に所在するところから住宅地造成地域とされ、同年四月一五日県知事の認可を得た農業振興地域の整備に関する法律八条一項に基づく「岩室村農業振興地域整備計画書」においても、当初から農用地除外地域とされていたこと(ただし一部は後に公社の要請により除外地域とされた)、(4)そこで、横山村長は、和納団地の用地買収が、岩室村の過疎対策になり、村政の発展につながると共に前記「岩室村総合開発計画」にも合致するところから、被告人結城の申し入れを受け容れ、岩室村としてこれに積極的に協力することを約したが、買収の対象となる農地は約七町五反もあり、その所有者も約三〇数名に及び、結城不動産に用地買収を任せておいたのでは、農地の虫喰い状態を招き、地域住民からの整備された団地を造成し、農地に支障をきたさないようにしてほしいとの要望を実現することが困難になると考えて、和納団地の用地買収のため土地所有者らとの交渉及び売買契約締結事務等の用地買収の斡旋事務を岩室村自身で行うことにしたこと、以上の事実が認められる。

ところで、地方公共団体は、本来地方の公共事務を処理することを存立の目的とする団体であつて、その住民の福祉を増進するため、法律またはこれに基づく命令によつて制限される場合は別として、自己の責任と負担において、事業の実施、施設の設置、補助金の交付、役務の提供等の事務を自由に取捨選択してこれを処理することができる(いわゆる随意事務)のであり、それが住民の福祉を目的とする限り、たとえ特定の営利企業や私人の業務を援助し、利益をもたらすことがあるとしても、そのことの故に地方公共団体の事務であることを否定されるものではないと解するのが相当である。

しかして、前記認定事実によれば、岩室村に本件和納団地を誘致することは、同村の過疎化防止に役立つと同時に村議会で議決を得た「岩室村総合開発計画」にも合致していたのであつて、そのための用地買収斡旋事務も、整然たる住宅団地を造成し、周辺の農用地を保全するという行政目的を実現するために岩室村の事務としたのであり、特に右の事務を地方公共団体において行うことを禁じた規定もない以上、岩室村において、これを村の固有事務として随意に行うことができるものというべきであつて、原判決が、本件和納団地の用地買収斡旋事務を地方公共団体の存立の本来の目的の一つとして任意になしうるいわゆる固有事務に属すると認定したことに誤りはない。

所論は、仮に本件用地買収斡旋事務が地方公共団体の事務に属し得るとしても、岩室村において前記公社または結城不動産との間に事前に住宅団地誘致等に関する契約を締結して村議会の承認決議を受け、買収斡旋につき具体的な事業計画を立案し、それに伴う収入(斡旋委託料)、支出(各種経費)を予算化して議会の議決を求めるべきであつて、右のような手続がとられない限り、本件用地買収斡旋事務は当然には村の事務となるものではない、と主張する。

しかしながら、本件用地買収斡旋事務は、地方自治法九六条一項が、議会の議決を要するとして制限的に列挙している事項には該当せず、また同条二項に基づき岩室村が制定した「議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例」(昭和三九年八月一〇日岩室村条例第一七号)にいう議会の議決に付すべき契約にもあたらず、岩室村の村長である横山は、議会の議決を得ることなく、その普通地方公共団体の長としての権限に基づき右の事務を同村の事務として執行することができると解すべきである。

もつとも、本件用地買収斡旋事務を岩室村の事務として行うことは、そのための費用を要し、その反面において結城不動産が行うべき斡旋事務の負担を軽減し、同社に利益を与えるものであるから、横山村長において右の事務を同村の事務とするにあたつては、同社との間に委託手数料の徴収や費用負担等の点をも含めて用地買収斡旋委託契約を締結し、その収入及び支出を見積り予算化して議会の議決を得るべきであつたとも考えられるが、被告人結城、同小林の原審及び当審公判廷における各供述及び村長横山喜八郎名義の普通預金通帳(当裁判所昭和五三年押第二八八号の4)によれば、横山村長は、本件用地買収斡旋につき生じる諸経費については、被告人結城との間に当初からこれを結城不動産の負担とする旨の了解が成立していて、実際にもそのようにとり運ばれたため右に関する諸経費等を予算化しなかつたものと推認されるのであつて、横山村長の右のような事務のやり方は、便宜に流れ過ぎた嫌いがあり、種々非難は免れ難いとしても、同村長は、結局地方自治法に定める事務処理の指針の一つたる「最少の経費で最大の効果」(同法二条一三項)を念頭においていたものとも考えられる以上、そのことが直ちに本件用地買収斡旋事務が岩室村の事務であることを否定する理由になるものとは認められない。

二、横山村長が被告人小林、同竹内に本件用地買収斡旋事務に従事するよう特命したことの適法性について

所論は、横山村長が被告人小林、同竹内に対して、本件用地買収斡旋事務に従事するよう命じたとしても、右特命は、指揮命令系統に従わず、口頭によるものであり、役場内部の手続を無視した違法な行政行為であつて無効である、と主張する。

よつて検討するに、横山喜八郎の原審公判廷における供述、被告人小林、同竹内の検察官に対する昭和五一年五月三一日付各供述調書によれば、横山村長は前記のとおり、結城不動産が一括して本件用地を買収し、公社において整備された和納団地を造成して貰いたいとの意図から、同四九年六月初めころ岩室村役場村長室において、それまで用地買収を手掛けた経験があり、農地事務にも堪能な被告人小林(当時観光商工課長)に公社が宅地を造成することになつた三田耕地(本件用地)について、観光商工課で用地取得(買収斡旋)事務を担当するよう命じ、更に同年七月初めころ前記村長室において、三田耕地の地権者の一人でもあり、農地係長をしていたことのある被告人竹内(当時社会福祉課国保衛生係長)にも、被告人小林を手伝い右買収斡旋事務に従事するよう命じたことが認められる。

ところで、村長は、前記のような執行機関の長としての権限に基づき、その権限に属する事務を分掌させるため、条例で必要な部課を設けることができ(地方自治法一五八条七項)、岩室村においても同村課設置条例(昭和四七年三月一五日条例第一二号)によつて課を設け、同村役場事務処務規則(昭和三七年一二月一八日規則第三号)で各課の分掌を定めているけれども、条例や規則において予め定めていない事務であつて、その事務の執行が緊急を要する場合や一時的な場合には、村長は右の条例や規則の制定をまつことなく、特定の課や職員に対し、ある特別の事務の分掌を直接に命じることができると解せられるのであり、右のような職務命令を発するについて、指揮命令系統に従つて命じるのが適当であるとしても、村長は最高の執行機関であるから上司の権限を云々する必要もなく、また特命事項の性質上通常の指揮命令系統にはのり難いこともあり得るのであるから必ずしも助役、課長等の指揮命令系統を通じ命じなければならないものではない、他方地方自治法等や岩室村の条例、規則等を検討してみても、一定の形式を要するとの規定はなく、口頭によるものでも差し支えがないと認められるから、岩室村のごとく、廃置分合後日いまだ浅く、また分掌事務も簡素で職員も少ない同村役場において横山村長が、被告人小林、同竹内に対し所論のような手続・形式をふむことなく本件用地買収斡旋事務に従事するよう職務命令を直接村長室において発したとしても違法ではないと認められるのであつて、これを手続を無視した違法な命令とする所論は採用できない。

所論は、被告人小林、同竹内は、横山喜八郎個人から私的に本件用地買収斡旋につき協力を依頼されたもので、これを公務と認識して行つたものでない、と主張する。

しかしながら、被告人小林、同竹内の検察官に対する各供述調書、横山正己ら地権者一三名の司法警察員に対する各供述調書、池上友一、早川喜五郎の司法警察員に対する各供述調書、証人結城正明の原審公判廷における供述、押収してある三田県道端宅地造成関係綴(当裁判所昭和五三年押第二八八号の3)、昭和四九年度議決書綴(同号の10)等関係証拠によれば、(1)横山村長は、昭和四九年六月一九日村長名で農政懇談会を開催し、和納地区の農家組合長、農政区長、同地区の村会議員、主だつた地主に対し、三田耕地が農業振興地域から除外されたので、公社で一括して宅地を造成して貰い村政発展に役立てたい旨を発言し、協力方を依頼したこと、(2)そして同年七月一一日には、村長名で主だつた地主を岩室村役場委員室に集め、被告人結城の出席も得て、その場で地主が買収に応じる意向であるので村として買収交渉に踏み切る旨を明らかにし、買収価格及び支払方法をも決定したこと、(3)その後、被告人小林、同竹内の両名は、結城不動産の社員を伴うことなく地主らを訪ねて用地買収の説得にあたり、土地売渡しの承諾をとつて回つたこと(その背後で、横山村長は結城不動産に対し地主との直接交渉を控えるよう申し入れていた)、(4)右承諾書はいずれも岩室村長宛で、その末尾に「岩室村において所要土地全部取纏め不可能の場合は取止められても異議ありません。」との文言が記載されていたこと、(5)右被告人両名は、用地買収交渉に際し、岩室村の発展のために協力して欲しいとの態度をとり、地主らの多くは最後に結城不動産を相手に契約書を取り交す段になるまで売渡し先は岩室村であると考えていたこと、(6)横山村長は、同年七月二二日、同月二九日及び同年八月二六日にそれぞれ開かれた岩室村議会協議会や委員会において、岩室村が主体となつて買収を行つていると受けとられるようないい方で本件用地買収事務の進捗状況を報告していること、(7)そして横山村長は、被告人小林と相談のうえ地主に支払うべき手付金について、村名義で農協から八、七〇〇万円を借受け、これを結城不動産に貸付けたことにし、実際は被告人小林が各地主の農協の預金口座にそれぞれの手付金を振り込んだことなどの事実が認められ、更に被告人小林は、前記の岩室村総合開発計画を熟知していたほか、被告人小林、同竹内の両名は本件前にも岩室村が過疎対策として工場及び住宅団地の誘致を行つた際、本件と同様に買収斡旋事務を担当したものであり、本件については、右の村長名で開かれた右の各種会合及び承諾書を企画、立案して会合に出席し、右会合や議会協議会、委員会における村長の前記発言内容を了知し(ただし被告人竹内は、昭和四九年七月一一日の打合会に出席したのみ)、横山村長の言を体して自ら買収斡旋の衝にあたり、その事務手続をも担当していたものであることに徴すると、被告人両名は、横山村長が村の過疎対策の一環として本件和納団地を誘致しようと考え、公社及び結城不動産に協力していることを十分認識したうえで、横山村長の指示に従い本件用地買収斡旋事務を村の事務として遂行していたもの、すなわち、横山村長の職務命令に従つて右の職務を遂行していたものと認めるに十分である。

なお所論は、本件用地買収事務が公務でなかつたことは、被告人竹内が本件に関し超過勤務手当を請求せず、また村当局もこれを支給していないことに徴しても明らかである、と主張するが、前記のとおり本件に関しては横山村長が、その経費等について特別に予算措置をとらないまま被告人竹内に右事務に従事するよう特命したものであるため、村としては被告人竹内に対し超過勤務手当を支給せず、また被告人竹内も右のような事情を知つていたため右手当の支給を請求しなかつたものと考えられるのであつて、右手当が支給されなかつたことは、被告人竹内らが従事した本件用地買収斡旋事務が職務外の行為であつたことの証左となるものではない。

以上の認定に反する証人横山喜八郎、被告人小林、同竹内の原審及び当審供述は、前記認定の(1)ないし(7)の事実等に照らし到底措信できず、その他所論が、横山村長の本件用地買収斡旋事務に関する特命を適法な職務命令でなく、被告人小林、同竹内の両名はこれを職務行為として行つたものではないとして縷々主張している点を検討してみても、原審が、横山村長の特命を適法な職務命令とし、被告人両名において、これを岩室村の公務と認識して行つていたと認定していることにつき、事実誤認があるとは考えられない。

三、本件金員の賄賂性について

所論は本件金員は台湾旅行に際し、被告人小林、同竹内に対し餞別として贈られたのであり、社交的儀礼の範囲内にとどまるから賄賂でない、と主張し、この点原判決は事実認定を誤り、法令の解釈を誤つている、というのである。

しかしながら、右被告人両名に贈られた本件金員の額は、いずれも一〇万円であり、被告人竹内が当時結城不動産に対し、本件土地の売買代金六三六万円を好意的に融資していたことなどを考慮に容れてみても、被告人両名の地位、収入、右金員の返済予定時期等に照らし、社交的儀礼の範囲を超えているものと認められるのであり、事実、関係証拠によれば、原判決が「補足説明」の第二項において詳細に説示しているとおり、贈賄者の被告人結城も、収賄者の被告人小林、同竹内も、いずれも本件金員が本件用地買収斡旋事務の対価であることを認識して授受していたことが認められるのであつて、本件金員授受の当事者間に、社交的儀礼や贈答が慣行として行われ、それが一般に承認されているというような特段の関係があつたとも認められず、本件金員をもつて、社交的儀礼の範囲内の贈物と認定することは到底できない。また原判決が、右の点に関し刑法一九七条一項前段、一九八条一項の解釈を誤つているとも考えられない(なお、所論の引用する最高裁判所昭和三四年五月二六日第三小法廷判決、刑集一三巻五号八一七頁、同昭和五〇年四月二四日第一小法廷判決、最高裁判所裁判集一九六号一七五頁、同昭和五一年二月一九日第一小法廷判決刑集三〇巻一号四七頁は、いずれも本件と事案を異にし適切でない)。

以上説示したとおり、原判決には所論の点について事実誤認及び法令の適用の誤りはなく、論旨はいずれも理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 向井哲次郎 山木寛 中川隆司)

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